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東京地方裁判所 昭和61年(合わ)112号 判決 1987年3月24日

主文

被告人を懲役二年六月に処する。

未決勾留日数中一八〇日を右刑に算入する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、当時所属していた中核派系南部地区反戦青年委員会の構成員A、B、C及びDとの間に、革マル派所属のX(当時二二歳)を二段伸縮式鉄パイプで殴打し、同人がために死亡するとも敢て意に介しない旨の了解・認容のもとにその襲撃を共謀した上、昭和五〇年四月二六日午前八時三七分ころ、新宿区信濃町三五番地慶応義塾大学病院一号棟A、B間通路において、Dを除く四名がそれぞれ鉄パイプを手に、共同して前記Xに襲いかかり、頭部を殴打したが、結果は加療約一〇日間(五針縫合)を要する頭部挫創の傷害を負わせたにとどまって同人を殺害するに至らなかったものである。

(証拠の標目)《省略》

(補足)

一  公訴棄却の主張について

弁護人は、被告人に対する本件の捜査手続に(1)乃至(3)のような違法があるから、本件公訴は棄却されるべきであるとする。(1)被告人に対する別件公務執行妨害容疑での現行犯逮捕(昭和六一年四月二〇日春日井市内において。)と勾留は違法であるから、その釈放と同時に、しかも「急速性」の要件を欠いて行われた本件の逮捕状緊急執行(昭和六一年五月二日愛知県警察本部構内において。)とそれに引き続く勾留も違法である。(2)E、B、Dに対する捜査・取調が違法である上にその供述に任意性を欠いて、その取調官に対する供述調書は証拠能力を欠くから、これを資料として発付された本件の逮捕状とそれによる逮捕手続も違法である。(3)被告人に対する取調べ方法自体に違法不当がある。

しかし、捜査手続の重大な違法が公訴無効の事由となりうるか否かの問題に立ち入るまでもなく、以下順次判断を示すように所論はすべて失当である。

((1)について) 被告人は初め公務執行妨害の現行犯として春日井市内で逮捕され、のち身許が発覚するに及んで、かねて警視庁(大井警察署)から本件殺人未遂被疑事件につき指名手配中のものであったことが判明したため、前者の勾留の釈放と交換的に手配事件の逮捕状の緊急執行を受け、その勾留中に本件の公訴提起を受けたというのが本件の経過である。

これによれば、まず二つの逮捕勾留は実質においても形式においても全く別個の手続であるから、初めの逮捕によって身柄が確保され身許も判明した結果、本件緊急執行が可能になったという事実上の成行きであるからといって、およそ前者の適否如何が後者のそれに影響すべき筋合いのものではない。もっとも、指名手配中であることが判明してから実際の緊急執行にいたるまでに存した時間的余裕と東京・名古屋という地理関係等にかんがみれば、関係当局間の連絡・調整等の事務に当然要すべき時日を見込んでも、事前に逮捕状原本を用意して執行するいとまがなかった若しくはそれが著しく困難であったとまでは言い切れないから、刑訴法七三条三項の「急速を要するとき」の意義を厳格に解するときは本件の処置に疑義なしとしないものがあるが、前記のようにいったん釈放がなされたことによって、少なくともその時点において「急速性」の要件を満たすにいたったことは明らかである上、緊急執行に要求されるその余の要件にもなんら欠けるところのない以上は、本件の緊急執行に違法があるとみてもその程度は決して重大なものではありえない。

以上のとおり、本件の緊急執行に重大な違法は存しないものであるから、所論はこの一点をもってしてもその前提を欠く。

((2)について) この点の所論は、本件とは別の事件で逮捕されたEがその共犯者としてDを挙げ、そのため逮捕されたDが余罪たる本件殺人未遂事件を自白し、その自白に基づいて逮捕されたBともどもに、被告人を共犯者の一人として名指し、その結果本件の逮捕状発付にいたったという芋づる式の経過を踏まえてのものであり、本件逮捕状請求の疎明資料としてD、B両名の捜査官に対する供述調書が供された事跡はこれを窺知することができるものである。

しかし、任意性を欠くとか取調手続に違法があるとかの理由により、供述者本人に対する関係では少なくとも公判での事実認定の用に供することを許されない供述調書といえども、差し当たって、当の供述者本人以外の者との関係でこれを捜査資料として利用し若しくは強制捜査令状発付の資料に供することは、なんら妨げられるものではないと解される。このように解すべき根拠の一つは、憲法三八条二項又は刑訴法三一九条一項の「自白」に該当する供述調書でさえも、供述者本人以外の者に対する関係では「自白」ではなく、従って絶対的に事実認定の証拠となりえないというものではなくて、将来の公判では被告人以外の者の供述を録取した書面として相応の要件のもとに事実認定の用に供される可能性を一般的に残すものなのである以上、そのような供述調書が公判に先立つ捜査段階で既にその利用を一切許されないとしてはまったく不合理な結果になるからであるし、刑訴法三一九条一項の自白に該当する供述調書が違法収集証拠という見地からは違法の程度において重大な類型のものであることにかんがみると、同条項に直接該当しないその余の違法収集供述(証拠)についても、この点は同様に扱われるのでなければ事の軽重を失し、彼此の整合性を著しく損なうことになるからである。

すなわち、本件の逮捕状は違法な資料に基づいて発付されたものではない。

((3)について) 被告人は本件の取調べにおいて黙秘し、当然、供述調書もない。つまり、取調べと本件公訴提起手続の間になんらの関係もないのである以上、既に所論自体が公訴手続の法的瑕疵をいう主張としては失当である。

二  殺意について

本件犯行は、中核派と革マル派の間で互いに相手方のせん滅を叫び、多くの死傷者を出す激しい内ゲバが応酬されていた時期において、中核派の組織的指示を受けて計画、準備、実行されたと認められるものである。実行に供された四本の兇器は用法如何で優に人を死にいたらしめるに足りるものであるところ、本件加害行為は被害者のむき出しの頭部を狙打ちにするという最も危険な態様で行われ、にも拘らず一個所の傷で済んだのは被害者が病棟内部へ逃げ込むのに成功したからに外ならず、決して攻撃に手加減のあったためではない。これら認定の事情によってみれば、襲撃実行者の一人である被告人において、未必的殺意の存在を自認する共犯者Dと同じく、少なくとも未必的殺意を有していたものであることは明らかである。

(法令の適用)

一  判示所為 刑法六〇条、二〇三条、一九九条(有期懲役刑選択)

一  未遂減軽 同法四三条本文、六八条三号

一  未決通算 同法二一条

一  訴訟費用 刑訴法一八一条一項本文

(求刑 懲役三年)

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田孝夫 裁判官 林秀文 瀧萃聡之)

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